発達保育実践政策学センター
センターの概要
当センターは、乳幼児の発達や保育・幼児教育の実践、そのための政策に係る研究を推進する「発達保育実践政策学」という新たな統合学術分野の確立をめざして設立されました。子ども子育てに関わる課題は、多岐に渡っています。学内の研究者はもとより国内外の研究者や研究機関、子育てや保育・教育を実践している方々やその団体、実践のための制度に関わる国や自治体と連携し、子ども子育ての課題を協創探究し、解決の道筋を国際的に発信することを目的とする新たな研究拠点です。
日本は先進諸国で最も早く少子高齢化に直面する国です。戦後最大の保育制度改革である子ども子育て支援新制度も、多くの人の尽力で2015年4月より始まりました。この時期こそ、私たちは、ヒトの最初期の発達のメカニズムの解明をさらに進め、これからの社会を担う子どもたちの育ちにとってどのような生活環境や養育、保育、教育が求められるのか、そのための専門家人材の育成や社会システムの構築、制度政策デザインを、4つの部門からなるセンターで学際的な研究に取り組みながら明らかにしていきたいと考えています。これまでの日本の歴史や哲学を生かし、また最先端の国際的動向を射程にいれながら、これから必要な子育ての知、保育・教育の知と哲学を新たなエビデンスをもとに生成します。そして、最新の学術的知見を保育界、教育界の人と共有し、すべての子どもの幸せを願う社会創造の一端に取り組みたいと考えています。それが発達科学に基づく「発達保育実践政策学」です。
「すべての学問は,保育につながる」
総合大学である東京大学の知の多様性を生かし、子どもと子どもにかかわる誰もが集い語らう知のアゴラになることを目指しています。
センター設立背景
本発達保育実践政策学センター設立の最初の一歩は、日本学術会議第22期大型研究計画に関するマスタープランにおいて、教育学分野から申請した「『乳児発達保育実践政策学』研究・教育推進拠点の形成:発達基礎の解明に基づく乳児期からの良質な保育・養育環境の構築」に始まります。申請当時、乳児の保育や教育に関する専門の国立研究機関はありませんでした。申請された延べ207件の大型研究計画のうち、66件がヒアリング対象となり、その中から27件(人文社会科学系は2件)が、第22期重点大型研究計画として選ばれ確定しました。
その後、東京大学大学院教育学研究科より概算要求を申請し、プロジェクト経費として、第二期中期計画最終年度に事業計画が認められました。
そして正式に教育学研究科附属施設として、2015年7月1日より、発達保育実践政策学センターの名称のもとに設立が認められました。
組織の概要
子育て・保育部門
近年、欧米圏を中心に、教育学、心理学、医学、保健学、経済学、社会学、福祉学など、実に多様な視座からの人の生涯発達に関わる長期縦断研究が進行してきています。そして、それらは、ほぼ一様に、乳幼児期における被養育環境とそこでの種々の経験の質が、個々人の揺りかごから墓場までの健康で幸福な人生経路の形成や維持にきわめて枢要な意味を有していることを明らかにしつつあります。もっとも、それらの知見は無論、私たち日本社会における子どもの養育や保育に対しても多大な示唆を与えてくれる訳ですが、子育てや保育は、元来、それぞれの社会の歴史や文化に深く根付いているものでもあります。その意味で、日本において、独自に大規模な縦断的調査を展開していくことは必須不可欠の課題であると言えるかと思います。また、将来的に、そこでの知見を他文化圏の知見と有機的に接合することができれば、新たな視点から、人の発達の普遍的な原理を解明する道筋も拓き得ると考えられます。子育て・保育研究部門では、こうした認識の下、全国の保育所・幼稚園・認定こども園や自治体等をターゲットにした、保育・幼児教育内容の実態、保育・幼児教育を支える制度・政策の現状、保育士・幼稚園教諭の労働実情・意識等に関わる大規模調査を実施しました。また,子どもを取り巻く家庭内および家庭外の人的・物的環境諸要因と0歳段階からの子どもの心身発達との関連性に関わる縦断研究を開始しています。さらに、情報理工学系研究科との共同により、IoT、 AI、 画像解析技術を活用した保育実践の解析とフィードバックのシステム(「スマート保育システム」)の開発、ならびに乳幼児期の食事ログを収集・解析するアプリ(「乳幼児版フードログアプリ」)の開発に取り組んでいます。
発達基礎部門
ヒトがどのように発達するのかについての認識は、その時代の科学、哲学、社会の有様によって変わってきました。特に、急速に進んでいる現代の科学的な研究は、広い意味での生命現象の理解に大きな影響を及ぼしてきました。胚や胎児の段階から、身体や脳の形態はどのような原理で形成され、行動や意識や心の発現へと至るのでしょうか。発生や発達に見られるマクロな現象は、分子や細胞のミクロなレベルとどのように関連しているのでしょうか。乳幼児の身体や脳は、複雑な物理的・化学的・社会的環境のもとで、どのように発達するのでしょうか。言語の獲得や学習にはどのような機構があるのでしょうか。このように、ヒトの発達の原理については、まだ多くの未解明な点が残されています。ヒトの発達の研究は知の総力戦であり、あらゆる学問領域を巻き込むことで、発展すると期待されます。
本部門では、眠る、食べる、遊ぶといった人間にとってごく基礎的な活動が、環境との相互作用を通じて発達過程でいかに獲得されるか、そして、それらの活動の維持と発展が、いかにして健やかな発達の基盤を形成しているかを明らかにすることを目的としています。そのために、乳幼児の身体や脳の行動生理データ計測に関して、新たなテクノロジーを導入した計測手法や分析・モデリング手法を開拓します。特に、実験室のような統制された環境だけではなく、実環境の中で、個人ごとに発達がどのように進むかを明らかにする方法論を構築します。こうした研究を通じて、新しい時代の発達研究の方向性を探索し、発達に関する新たな概念や見方の創出を目指します。
政策部門
現代の政策の研究は、教育学・保育学の領域にとどまらず、発達科学・医学・脳科学での最先端の知見や、心理学・保育学をはじめとした子育て・保育研究の蓄積、さらに哲学・歴史学・経済学・政治学・社会学などの人文・社会科学的な分析の成果を結集して行われることが求められています。発達保育実践政策学センターは、人文・社会・自然・学際融合の各領域を擁する総合大学としての東京大学のリソースを活かし、これらの各分野の最新の成果に基づく政策の研究の発展を図るとともに、政策形成・実施に資する実践的な知見の提示や政策提言、さらにはこれら政策の研究と実践を担う人材の育成を目指して活動を進めています。
これまでの政策研究は、心理学・保育学など子育て・保育を専門とする研究者や、保育所・幼稚園に関わる実務家などが中心となって進められてきました。それらは実践に即した政策の知見や政策形成に一定の貢献を成してきました。一方で、発達科学・医学・脳科学などの自然科学分野の知見が必ずしも政策に活かされているとはいえません。また、ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンの研究に代表されるように、就学前教育の効果について諸外国では社会科学的な研究が進んでいますが、日本では保育・幼児教育政策を専門とする社会科学の研究者自体が非常に少ないのが現状です。本センターは、政策研究部門と発達基礎研究や子育て・保育研究、人材育成などの部門が連携しながら研究を行う学際的・文理融合的な組織であることが大きな特徴です。こうしたセンターの強みを生かしながら、国内外の比較を含めた事例研究、自治体や保育所・幼稚園等へのパネル調査と分析、海外の政策研究者や研究機関との連携・交流などを進め、政策研究の国際拠点の形成と日本の保育・幼児教育政策への貢献を行います。
人材育成部門
本部門では,「多様性・卓越性のある人材輩出」を掲げ,ヒトの発達・保育の質・保育政策に高度な専門性を持つ人材,子どもの立場に立って現場の問題を解決へ導くことのできる人材,さらに,異なる学問領域,保育現場,行政といった様々な層の活動を大局的に理解し,総合的判断ができる人材など,多彩な育成を図ります。
各園の質向上のための乳幼児教育コーデイネーターに必要なコンピテンシー同定のために子育て支援や幼児教育担当指導主事への聴き取り調査,保護者が親になるための最新科学の知見に基づく子育て親塾コーデイネーター育成のための調査,企業での実施のためのプログラムの開発等を行います。それらによって,保育の質向上のために必要とされる専門的コンピテンシーとそれに関わる要因の分析,人材育成のためのプログラム開発へとつなげていきます。
産官学連携
凸版印刷株式会社,株式会社ポプラ社等との連携を進めています。また(財)全日本私立幼稚園幼児教育研究機構,(社福)日本保育協会,特定非営利法人全国認定こども園協会等,保育・幼児教育の実践者や園に関わる団体との連携によるシンポジウムや研修を実施しています。さらに,東京都・文京区・渋谷区・金沢市・佐野市等自治体との協定や,日本幼児教育史学会等の保育や幼児教育に関わる学術団体との学会大会共催なども行ってきています。
渋谷区立渋谷保育園がその建て替えに伴い2020 年4 月より連携保育園となり,子育て研究室が設置されました。学術と実践をつなぐ拠点としての役割が期待されています。